ホルモン剤の副作用

ホルモン補充療法の問題点
ホルモン剤にはいろいろな使い方がありますがここでは主に更年期の治療などに使われるホルモン補充療法の副作用について考察します。

一時期ホルモン補充療法は更年期以降の女性には絶対的に必要な治療であると考えられていました。日本では2-3%の使用率でしたが、西洋特にヨーロッパでは50%以上の女性が更年期になるとホルモン剤を使用していました(と言うかおそらく今も使用していると思いますが)、しかし2002年にアメリカのNIH(National Institute of health)からホルモン補充療法を長期に行うと乳癌と血栓症(心筋梗塞など)のリスクが上昇するので、閉経後のホルモン療法を長期に行うべきではないと言う勧告とも言うべき論文が発表されました。

ずっと以前よりホルモン療法を行うと乳癌と血栓症のリスクが上昇するのはいくつもの論文があってみんな知っていたのですが、それを上回るメリットがあると考えられていました。しかしこのNIHの調査はかなり大人数(16万人ほど・・・すごい!)の調査結果であり、改めてホルモン補充療法のリスク(危険性)を浮き彫りにしました。ただしそれぞれのリスクに関してはそれまで知られていた以上のものでははなかったように思います。

この報告を受けて、それまで更年期以上の女性には誰にでも勧めていたホルモン治療(HRT)を、患者さんを選んで治療していく方針に変わってきました。つまり以前は「PPK(ぴんぴんころり)」が望ましいということで、ホルモン剤を広く普及させようという動きでしたが、この報告以降は通常の薬と同様にリスク・ベネフィットを十分考えて処方する薬になりました。乳癌や血栓症のリスクを上回るベネフィットとはどういうものでしょう?そのままではQOL(生活の質)を著しく害すると考えられ、ホルモン剤でかなり改善できる見込みがあるときにのみ使用するということですが、やはりケースバイケースなので、どういう症状ならホルモン剤を使ったがよいというわかりやすい基準はありません。

発癌作用について
女性ホルモン(エストロゲン)を長期間使用すると子宮体癌になりやすくなるといわれており、同時に(もしくは交互に)黄体ホルモン(プロゲステロン)を服用することでこの子宮体癌になるリスクを無くすことができます。
上記のNIHの報告でも子宮体癌になるリスクはやはりなかったようです。しかし女性ホルモンと黄体ホルモンを併用した場合は乳癌になるリスクが20-30%上昇したとされています。一般に日本では1万人に12人ほど乳癌になるといわれていますので、30%増加すればさらに2人から3人乳癌になることになります。つまりホルモン補充療法を行うことで1万人に3人ほど乳癌になるという計算になります。

ただし乳癌は近年増加傾向にありますのでホルモン剤を飲む飲まないにかかわらず、乳癌検診は受けたほうがよいです。乳癌は若くてもなりますので、若い方でも自己検診を必ず行うようにしてしこりなどを触れる場合は検診を受けましょう。

ところで先ほどのNIHの報告にもあったのですが、子宮のない女性には黄体ホルモンを使用する必要がありませんので(子宮体癌にはもはやならない)女性ホルモンだけを使用するのですが、その場合乳癌の発生率は上昇しなかったそうです。つまり黄体ホルモンと併用するときのみ乳癌の発生率が上がるようなのです。したがってすでに(手術などで)子宮のない女性にホルモン補充療法を行う場合は比較的安全と言えます(ただし血栓症のリスクはあります)。

血栓症について
血栓症とは血が血管の中で固まってしまう事です。血は空気に触れたりすると固まる性質がありますが、空気に触れないでも血液の流れの悪いところなどで小さな固まりを作ってしまうことがあります。固まった血はだいたい血管の壁にくっついていますがこれが剥がれてしまうと血管の中を流れて肺や心臓の血管(冠動脈と言います)、場合によっては脳の血管などにひっかかってそこで血液の流れを止めてしまうことがあるのです。これを塞栓症といいます。

血栓は血液の流れの悪くなりやすい足の太い静脈にできることが多く、できると血流がさらに悪くなりますので足(特にふらはぎなど)の痛みを感じるようになります。しばらくするとこの血栓ははがれて血管中を流れて、多くの場合心臓を通って肺の血管に詰まります。これを肺塞栓症と言います。大きな血栓がはがれて肺に詰まるとそのまま死亡する事があります。昔は日本人にはほとんどないといわれるくらいまれな症状で、白人に多いと考えられていたのですが、最近は食生活の変化なのかわかりませんが(肥満が関係するとも言われていますがやせていれば安全と言うわけでもないようです)日本人でも発症しています。それでも数万人に一人と言う頻度で、まれな副作用ではあります。

肥満やタバコを吸うことが危険因子になるようです。さらにもともと血液が固まりやすい体質の人もいます、家族に血栓症の方が多い場合は調べてみるのもよいでしょう、多くは凝固因子に異常があるようです。

このような血栓症が、女性ホルモンを服用すると生じやすくなるのです。そのほかにも飛行機のエコノミークラスシンドロームも血栓症ですし、帝王切開の後や整形外科の足の手術の後などにも血栓症は起こりやすいといわれています。

ではどうやって予防すればよいのでしょうか、血栓症の最大の予防は安静にしないことです。安静にすると血は血流の悪いところで固まりやすくなります。できるだけ動き回ることで血流の悪いところがないようにします。そして最大の目標はできた血栓を早く小さいうちにはがしてしまうことです。そうすることによって血栓症のリスクを低下させることができます。最近は手術の後は早期離床が当たり前になっていますが、このような理由があるのです。

採血でもある程度、血栓ができたかどうかがわかります。血栓が血管の中にできると、体はその血栓を必ず溶かそうとします。そのときに出てくる物質がいくつかありますが当院ではDダイマーという物質を測定しています。これは検査も確立していて採血も簡単なので血栓症のよい指標になるのではないかと考えています。

 

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